大きなV8の横に並ぶ小さな赤いMini。写真だけ見れば、応援したくなる挑戦者です。でも1964年の勝利は奇跡任せではありません。軽さ、前輪駆動、タイヤ選び、下見役、そして人の判断が、雪のモンテカルロでぴたりと重なりました。

まず知っておきたいこと

まずはここだけ

  1. 1964年、Paddy Hopkirk/Henry Liddon組のMini Cooper Sが総合優勝した。
  2. 1965年と1967年にも勝利し、1966年は上位独占後に灯火規定で失格となった。
  3. 小ささは弱点ではなく、雪の峠で軽さと機敏さを生かす武器になった。
MODELS IN THIS STORYこの話に登場するMINI
  • R53MINI Cooper S
  • R562nd Hatch
  • F563rd Hatch

1964年1月、勝てると思われていなかった。

モンテカルロ・ラリーは複数都市からモナコへ集まり、アルプスの雪と夜の峠を走る長い競技でした。Mini Cooper Sは1071cc級。対するFord Falconは大排気量V8です。直線の速さでは分が悪くても、Col de Turiniの狭い曲がりと雪では、軽い車体と前輪駆動が向きを変えるたびに効きました。

小さい車が勝ったのではない。小ささを武器に変えたチームが勝った。

ゼッケン37を勝たせたのは、車だけではない。

Paddy Hopkirkの運転、Henry Liddonのペースノート、路面を先に確かめるIce Spies、状況に合うタイヤを届けるチーム。最後は当時のハンディキャップ計算で順位が決まり、発表を待つ時間まで伝説になりました。勝因を「小さいから」に縮めると、準備を積み上げた人たちの仕事が見えなくなります。

1965、1966、1967。栄光は一直線ではなかった。

1965年はTimo Mäkinenが勝利。1966年はMini勢が上位を占めながら、ヘッドライトの規定解釈で失格になります。翌1967年、Rauno Aaltonenが再び総合優勝し、速さを結果で取り戻しました。勝った年だけでなく、納得しにくい敗戦の翌年に戻ってきたことが、Miniのラリー物語を強くしています。

いまのJCWに残ったもの。

現代のJCWは電子制御もタイヤ幅も当時とは別世界です。それでも、車体を正確に置き、ブレーキから向きを変え、立ち上がりで早く前へ出る楽しさは同じ方向を向いています。ゼッケン37が愛されるのは、過去の優勝記録だからだけではなく、小さな車の長所を信じ切った証しだからです。

見比べて、触って、選べるガイド

  1. Hopkirkが初優勝

    ゼッケン37のMini Cooper Sが総合優勝。

  2. Mäkinenが連覇

    ペナルティなしの走りで勝利を重ねる。

  3. 上位から失格へ

    灯火規定の判断でMini勢が除外される。

  4. Aaltonenが雪辱

    3度目の総合優勝を持ち帰る。

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確認した公式情報MINI.comMonte Carlo Rally 1964 ほか1件
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掲載写真BMW Group PressClub / P90107758写真の提供元

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